「眺めがよかろう」。水上牧場の牧場主水上治彦さんは、山を開いて作った放牧場から
福津のまちと海を見渡し、誇らしげに言葉にしました。
 福津市の南側にわずか十数軒の集落、舎利蔵(しゃりくら)があります。水上さんは農家の長男として生まれ育ち、小学校の頃から家の手伝いをしていました。高校卒業後、農業を止めて家畜商になっていた父親の仕事を継ぐ予定でしたが、「するな」と止められます。大きなお金が動く危険な商売でもあるので、息子にはさせたくないという思いがあったようです。
 21歳の時、2頭の牛を納屋で飼うことから酪農を始めました。きっかけは幼少期の思い出にあります。自宅に2頭の牛がおり、小学校入学前からその牛をかわいがっていました。「撫でたりすると、牛が優しいとですよ」。水上さんは牛を家族のように大切にするようになり、その体験が酪農の道へと導きました。

出産後間もない牛たち。ここの牛は表情がみな穏やか。

 25歳の時、30頭の牛を購入して牛舎を新築しました。人生で初めての大きな勝負。水上さんは当時、既に3児の父。獣医に依頼することが多い削蹄や人口受精も自身で行い、他人任せにしないように努めました。この頃から放牧も始めます。生後10ヶ月から半年間程、山頂付近の放牧場に放ちます。放牧した牛は、足腰が強くなって姿勢がよくなるそうです。「牛が自由だったら、自分も気持ちいいでしょう」。

入り口にある水上牧場の看板。研修生と一緒に製作したとのこと。

 45歳の時、再び大きな挑戦に出ます。山を自ら切り開いて整地し、フリーストール式(※1)の新しい牛舎とミルキングパーラー(※2)を建てました。牛にできるだけストレスがかからないように。また、水上さんの腰痛を和らげることも理由でした。ミルキングパーラーは、ほとんど水上さんの手作り。壁面のブロックを1つ1つ積み上げ、水道のパイプを通し、地面にセメントを流し込む。初めての作業で疲労が溜まり、体重が10キロ減りました。手は腱鞘炎になり、コップを片手で持ち上げることもできなる程に。作業の期日が近づくと、追いつめられて奥さんに弱音を吐くことも。「もう明日の朝、死んでるかもしれん」。「誰が死ぬね」。笑って言い退けられます。奥さんの言う通り朝日と共に水上さんは目覚め、半年かけてパーラーを見事完成させました。この体験を経て水上さんは3つの教訓を得ます。
1、女は強い。2、人は簡単に死なん。3、何でもできる。自ら設定した高い壁を乗り越え、水上さんは挑戦する楽しさを心身に染み渡るように感じました。「この時から風向きが変わったね」水上さんは言います。

生後間もない子牛。撫でると嬉しそうにする。

 水上さんには20代の頃から持ち続けている夢があります。それは、北海道のような広大な地で、商売抜きで放牧しながら牛を飼うこと。「毎年、宝くじを買ってる。夢は持ち続けなね」。水上さんの視線は玄界灘を遥か超え、北の大地を望んでいます。

※1 牛をつながずに、自由に歩き回れるスペースがある牛舎のこと。
※2 搾乳専用施設。搾乳の時間になると牛が自分でミルキングパーラーに入ってきて、そこで酪農家がミルカーを装着して搾乳を行う。水上牧場では、牛よりも低い位置で作業できるので、腰への負担を軽減できる。

水上治彦さん
酪農一筋40年。「仕事が趣味」と断言するほど仕事を楽しむ。ドライブと旅行も好きで、最近は夫婦で海外旅行にでかけることも。


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