土間にあった下駄に履きかえ「これだとね、出たり入ったりが楽ちんなんです」と嬉しそうな表情を浮かべる秦さん。「使い心地がよければ、そのこと自体が嬉しい。使うこと自体が楽しい」と話します。
実家からもらった裁ちばさみも、そう実感した道具のひとつ。布を切ろうとすると、刃先に引っかかってしまい、研ぎ職人さんに研いでもらうことに。するとすっきり切れるようになり、使うのが楽しみになったそうです。

「ちょっと面倒でも、自分の好きなものなら手間をかけることをいとわない」。そう話す秦さんが、暮らしの中に取り入れるのは、なるべく不便な道具。
自宅で愛用しているシュロの箒(ほうき)は、掃除機のようにゴミを吸いとりはしないけれど、コンセントを抜き差しする面倒は減ります。道具そのものに満足しているから、ちりとりを使う手間をわずらわしいとは思いません。竹でできた柄(つか)が割れたら、好きな布を巻くなどして直して使えばいいと考えています。

 

傷んだところにジャワ更紗のはぎれを巻いた、お気に入りの竹かご。

 

丁寧に作られた道具は、作り手の工夫や思いが感じられ、簡単には捨てられないもの。壊れたところは修繕して長く使いたくなり、使いこまれて味が出て、その道具への愛着がますます深くなっていきます。思い入れのある道具が、使う人の心を豊かにしてくれる……そんなふうに思えてくる、秦さんの暮らしぶりです。

「近ごろ、待ち時間に編み物をする人って見かけないでしょう」。他事に時間をとられて、ものを作る機会が少なくなっていると感じています。自作の豆本に描かれた、シンプルだけど味のあるイラストを見ながら「作ることに対する興味はみんな持っていると思うんですよね。子どもはとくに、目の前で絵を描いたりすると寄ってくる」と秦さん。息抜きをするように、毎日の隙間時間に楽しく手間をかけられたらと模索する日々を送っています。

 

「日々の記録帳」としての役目も担う、お手製の豆本たち。

 

挨拶をすると、面識がなくても挨拶を返してくれる、津屋崎の人々。そこに一目ぼれして、秦さんはこの地に住もうと決めました。「うちの組では、回覧板は手渡しなんです。その面倒が良いところでもある」。使いこんだ道具と同じように、人との関係にも、楽しく手間をかける姿がありました。

秦暁子さん

津屋崎千軒にある古民家『古小路(こしょうじ)』に、週一で開店する「ざっか+カフェ 萃(すい)」の店主。秋に波折宮の周辺で開催される『津屋崎千軒 手作り市』の発起人で、手書きイラストは津屋崎の町おこしに一役買っている。


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