角信喜さんは高校生の時、自宅の本棚にあった『神々の指紋』(※1)やギリシャ神話の本を何気なく手に取りました。初めて垣間見る古代文明の世界。それは、定説や答えはなく、推測の中で語られるものでした。「答えがなく、ずっと考えられる」。角さんはこの世界に魅了され、大学で考古学を学ぶことを決めました。
授業の中で出土品からその時代の生活や経済を推定する時間があり、縄文時代から弥生時代にかけてその大半で与え合う経済(※2)が行われていたことを学びました。過去1万年の歴史で考えた時、最も長く続いた経済が資本主義ではなく与え合う経済であること。時代に適合していたからこそ永らえたのです。角さんは、その事実に衝撃を受け、与え合う経済が成立できる社会、未来の「当たり前」を少しずつ作っていくことを人生の目的としました。当初は、学問の分野から取り組むことを考えましたが、具体的な行動を起こすことが目的達成への近道だと考え、進学していた大学院を中退しました。
2012年1月「@tsuyazaki」を開業。仕事の一環として津屋崎の外食事情の調査を行いました。近所にスーパーがないため高齢者がタクシーを利用して買い物をしている現状を知ります。「どうしてこんな単純な不便さが解決されていないのだろう」。疑問は膨らみ、解決手段を模索。「そこのいちば」という移動販売を始めることにしました。野菜の仕入れは、おばあさんや知人に農家さんを紹介してもらうことに。「そこのいちば」では、買い物に困る高齢者を助けることもできましたが、スーパーの価格と比較して「高い」と文句を言われることもありました。農家さんや栽培方法など野菜の向こう側を無視した価格だけの世界。角さんは、作る人と食べる人との間に思い遣りを持つ仕組みがないことに気付きます。模索の末、考えついたのが体験農園でした。自ら野菜を育てることで、野菜を単なる商品としてだけではなく、農家さんが自然と共に長い時間をかけて育てていることを感じてもらえるようにと始めました。
疑問を仕事に変え、実践を重ねてきた角さんは少し大きな挑戦に出ます。2013年9月、友人の木村さんと共に会社を立ち上げました。社名は「三粒の種」。一粒は空を飛ぶ鳥のために、二粒は地の中の虫のために、残りの一粒は人間のために。生態系の共生を伝えた農業のことわざです。事業は2本柱。農的部門と寺子屋部門。農的部門では、体験農園に加え、野菜の宅配も始めました。寺子屋は、角さんが小中学生と接し自己表現ができない子どもが多いことに気付いたことと木村さんの夢が重なって実現。角さんが描く未来像にも教育は必要不可欠なものでした。寺子屋では国語や数学といった授業に加え、日常の「当たり前」に光を当て、子どもと大人が共に学び合う「協学の日」も設けています。自ら考え、目標や目的を設定して実現に向けて行動する。この習慣が身に付けば、自分の望む道を歩いていける。そんな思いを持ち、子どもたちと接しています。
何世代か後の「当たり前」を少しずつ作り、社会を変えるのではなく、変わっていくための試みを続ける角さん。誰しもが持ち得ないビジョンを携える青年は、しっかりとした物腰で未来を見つめ、時に少年のようにあどけない表情を見せながらゆっくりと確実に歩を進めています。
※1グラハム•ハンコックによるノンフィクションとされる超古代文明についての本
※2現代でいうおすそ分けで経済が成立していること。より多くのものを人々に与えられる人に権威が与えられていた。
参考文献:『贈与論』マルセル•モース、『交易する人間 贈与と交換の人間学』今村仁司
角信喜さん
津屋崎出身の26歳。畑作業から1日の仕事を始める。最近は、パスタの麺作りに凝っており、自家製生麺のパスタで昼食を作っている。